たとえば、20年かけてやっと作り上げた作品を扱う時、ものすごく大切に、壊さないように、持ち上げたり運んだり置いたりする。長い年月を費やして作られたものは、評価はともかく、それだけでもその集大成の作品には相当な価値があると誰もが感じるだろう。
そう考えると、20歳のヤンキーが目の前にいても、そこには20年かけてできた集大成があるということだ。
道を歩いていてすれ違う知らないおっさんもおばさんも、数十年ものの集大成である。
絵画などの作品は万が一に備えてコピーやレプリカを用意する場合もあるが、ひとには誰一人としてコピーやレプリカはいない。全ての人が長い年月をかけて作り上げた本物の集大成そのものである。
そして、それを自分に置き換えれば、年の数だけの年月をかけて作り上げた集大成が、まさにいまの自分である。
だから、テキトーなことはできない。
集大成ともなるとやはり責任は重大である。
GOOD DESIGN EXPOでSAMSUNGのテレビが出展されてた。本当に素晴らしい。機能もデザインも最先端。日本のメーカーは高画質を極めてるけど、いつまでもそんなんじゃダメで、海外の家電量販店に行ってみればすぐにわかる事だけど、まったくたちうちできてないのは明らか。
海外の家電量販店のテレビコーナー。正面にたくさんテレビが並んでいる。でもそれらのほとんどはSAMSUNG、LG、PHILIPS。日本のテレビはというと、その先の奥まった所にある照明の暗い高級機器ブースにある。いくら画質がいいとは言っても価格差2倍近くじゃ売れないのは当然。
でもSAMSUNG、LG、PHILIPSのテレビの品質は悪くない。むしろ十分過ぎる程の機能とデザインを備えている。日本がただ高画質高品質にこだわっている間に、海外メーカーは低価格ながらも必要十分な品質を手に入れ、さらに日本のテレビにはない新しいスタイルや最先端の機能まで搭載した。
日本のテレビメーカーはもう完全に追い込まれている。もし、日本にSAMSUNG、LG、PHILIPSなどの低価格かつ超カッコいいテレビが本格的に参入してきたら、もう撤退するしかない。今の日本の家電量販店の風景は世界的に見てあまりにも不自然。
でも未だに撤退せずに生き残っているのには理由がある。海外メーカーの参入を阻む日本独自の規格、それがB-CASカード。とどめに韓国がEUとFTAを締結してしまった今、日本のメーカーが高画質だけを売りにして、本質的な価値がない高価格な商品を売りつける先は言うまでもなく我ら日本人である。
今日はLinkedInというビジネスマン向けのSNSが上場した。Facebookなどとは完全に用途が違っていて、いうなれば「ネット上の履歴書検索サービス」。すでに世界で1億人以上が登録しており(というか会社に登録させられたりして)公開制の人材バンクとして賑わっている。ここまでくると、もう下手な事は絶対できなくなった。経歴を隠す事もできない。インターネットの普及による情報格差とか言われてきたが、これからは身分格差がさらに顕著になるかもしれない。
Intelを全世界のベンダやメーカーが取り囲んできている。時代がモバイルに移行していく中でついにARMが勢力を伸ばしてきた。Motorolaが移行したのが10年前。最近はMicrosoft、そしてAppleまでもがARMをサポートしようとしている。Intelにとっては四面楚歌だ。
こんなときだからこそ、
生活する上で自分にとって何が必要なのか考えてみた。
・住む場所(雰囲気)
・パソコン
・携帯電話
・ソファ
・マジックボール
・水
・食料
これさえあれば今のところ問題なく生活できる。
まず住む場所ははっきり言ってどこでも良い。
重要なのは、その場所の雰囲気である。
製品を生産するのに必要なのは材料であるのと同じように、
新しいアイデアを想像するにはその場所の雰囲気や
刺激、活気であってそれらが複雑にくみ合わさって
今までなかった考え方や作品が生み出される。
そして最終的にカタチにして外に送り出すためには
パソコンや携帯電話が必要。
グローバル化されたネットワークのおかげで
世界中どこにいてもこの一連の作業は可能になった。
あとは気分を整えるための
ソファ・マジックボール
生きていくのに欠かせない
水・食料
さえあれば、しばらくは問題なく過ごす事ができる。
まさに7つ道具であるが、
残念ながら、今住んでいる東京は
雰囲気も水も食料も安心できない状態。
7つのうちの3つが失われつつある。
特に雰囲気は最悪。
これ以上悪化するのであれば場所を変えた方が
賢明かもしれない。
カナダかアメリカか、いっそ地球の真裏のブラジルか
どこでも知り合いはいるし住む場所は確保できる。
人によって必要なものは全く違ってくるが、
「とりあえず現状維持でとどまる」
よりも、
「自分にとって何が重要か」
という事を考え、行動にうつすための準備が必要ではないだろうか。
